テクノロジーがもたらす新しい不安(監視、治安、プライバシー、サイバーセキュリティ、民主主義、デジタルデバイド、倫理、AIなど)について、米国マイクロソフト社の知財・法務・広報を統括している筆者が、長年の経験と歴史を踏まえた教訓から、どのように考え、行動しているのか、今後どうすべきか、を解説している本です。
テクノロジー関連のスタートアップから大企業、政府、公共部門の担当者・マネージャー・経営者に一読をおすすめします。
本の概要、注目点、感想・口コミ・書評記事、参考文献、を紹介します。
本の概要
書籍情報
日本語版
原著(英語版)
著者紹介
Brad Smith(ブラッド・スミス)
マイクロソフトのプレジデント。同社の最高遵法責任者(チーフコンプライアンス・オフィサー)。
56カ国1400人以上の知財、法務、広報部門のプロフェッショナルを統括し、各国政府機関やIT業界の企業との間で、競争法や知財関連の交渉の陣頭指揮を執る。
Carol Ann Browne(キャロル・アン・ブラウン)
マイクロソフトの広報担当シニアディレクター。マイクロソフトのサイトにおけるブログToday in Technologyのほか、著作、ビデオなどを手掛ける。
著者が伝えたいこと
著者はこの本を通じて伝えたいことを以下のように述べています。(序章より一部引用)
ツールが強力になればなるほど、それがもたらす恩恵もダメージも大きくなる。大々的なデジタル革命には大きな期待が持てるが、情報技術は強力なツールであり、恐るべき武器にもなっている。
本書では、世界最大級のテクノロジー企業のいわばコックピットから、こうした課題について吟味する。単独企業はもちろん、業界一丸となっても手に負えないような見えない力と戦い、何とか折り合いをつけようとしているテクノロジー業界を描いた物語でもある。
本書では、過去の教訓を生かしながら、未来の可能性や課題を取り上げ、過去からどのように学ぶべきかについても考えてみたい。
本の目次
本の目次を引用して紹介します。
- 序文 ビル・ゲイツ
- 序章 新しいテクノロジーがもたらす新しい不安
- 第1章 テクノロジーと監視 |企業側から見たスノーデンの告発
- 第2章 テクノロジーと治安 |テロリストのメールは開示すべきか
- 第3章 テクノロジーとプライバシー |クラウド法とサイバー捜査
- 第4章 サイバーセキュリティ |ハッカー集団との戦い
- 第5章 民主主義を守れ |独裁政権による選挙妨害
- 第6章 ソーシャルメディア |自由ゆえの分断
- 第7章 デジタル外交 |テクノロジーの地政学
- 第8章 消費者のプライバシー |フェイスブックを訴えた男
- 第9章 深刻化するデジタルデバイド |ブロードバンド空白地帯をなくせ
- 第10章 テクノロジーと人材 |コンピュータサイエンスの教師が足りない
- 第11章 AIと倫理 |現代の「ロボット工学三原則」
- 第12章 AIと顔認識 |誤認、偏見、監視を防ぐには
- 第13章 AIと労働者 |大量失業の時代は来るのか
- 第14章 アメリカと中国 |二極化するテクノロジーの世界
- 第15章 オープンデータ革命 |すべての人々に平等な未来を
- 第16章 人間を超えるテクノロジーをてなずける
- 日本語版あとがき コロナとの戦いがテクノロジーを加速する
注目点
この本はどのようなことが書かれているのか?読んでみて注目した点を3つ紹介します。
アイルランドにデータセンターを設置している理由
1つ目に注目した点は「第3章 テクノロジーとプライバシー |クラウド法とサイバー捜査」に書かれている「アイルランドにデータセンターを設置している理由」です。
2010年には、マイクロソフトは、ヨーロッパ全体の顧客のデータ保管先をアイルランドに集約しはじめ、現在ではアメリカにあるマイクロソフト最大の施設に匹敵している、と著者は述べている。
著者は、アイルランドにデータセンターを設定している理由は、優遇税制のおかげもあるが、気候をあげており、夏場も建物を冷却する必要がなく、サーバーから放出される熱を再循環させれば、冬場のビル内暖房がまかなえてしまう、と述べている。
そして著者は、気候以上に重要なのな理由を以下のように述べている。
気候以上に重要なのが、アイルランドの政治情勢だ。
同国は、EUの加盟国であることに加え、人権の尊重と保護について恒久的な国民の合意が形成されているメリットもある。
また、同国のデータ保護当局は強い力を持ち、実利志向でもある。
さらに技術に精通しているだけでなく、テクノロジー企業が確実にユーザーの個人情報を保護できる体制を整えている。
ブラッド・スミス,キャロル・アン・ブラウン. TOOLs and WEAPONsテクノロジーの暴走を止めるのは誰か (Japanese Edition) (p.74). Kindle 版.
GDPRへの対応
2つ目に注目した点は「第8章 消費者のプライバシー |フェイスブックを訴えた男」に書かれている「GDPRへの対応」です。
第8章では、EUが2016年4月に採択した、GDPR(包括的な一般データ保護規則)に至るまでのアメリカ内、世界の動き、そしてマイクロソフト社内で起きたことが書かれています。
2016年初め、マイクロソフト社内トップクラスのソフトウエアアーキテクトを集めて精鋭チームを立ち上げ、プロジェクトを開始し、膨大な設計作業を行う中で、CEOのサティア・ナデラが言った言葉を、著者は以下のように紹介しています。
「すごいと思わないか。社内のエンジニア全員がそろって単一のプライバシー保護アーキテクチャに同意するなんて、長年不可能に近いと思われていたんだから。ところが規制当局や弁護士に要件を突き付けられたとたん、統一アーキテクチャづくりがこんなにあっさりと進むとはね」
そして、サティア・ナデラは新しい条件として、すべての顧客がGDPR遵守のために使えるようなテクノロジーを開発せよという指示を出したという、マイクロソフトがGDPRに積極的に対応した様子を著者は述べています。
テクノロジー業界内でも、GDPRへの対応は、企業によって温度差があった。
マイクロソフトはかなり熱心だったが、GDPRの要件の一部について負担が重すぎることを問題視する企業もあった。
確かにGDPRには紛らわしい部分や改悪と思われる部分もあったが、テクノロジー業界の長期的な発展を考えれば、プライバシー問題に対する社会の信頼を維持することが重要だとわれわれは確信していた。
この考え方は、当社が1990年代に独禁法訴訟に見舞われ、評判の面で高い代償を払った苦い経験から得た教訓でもある。
ブラッド・スミス,キャロル・アン・ブラウン. TOOLs and WEAPONsテクノロジーの暴走を止めるのは誰か (Japanese Edition) (p.195). Kindle 版.
交渉に使うシンプルな手
3つ目に注目した点は「第10章 テクノロジーと人材 |コンピュータサイエンスの教師が足りない」に書かれている「交渉に使うシンプルな手」です。
幼少期に親と不法入国した若者の強制送還を猶予する制度「DACA」の廃止が決定された結果、移民制度をめぐる他の議論も影響を受けることになり、和解に向けた話し合いの案が浮上しては消え、このような状況は10年も前から変わっていなかった、と著者は述べています。
著者は「ビジネスの世界でも規制の世界でも、一つの争点をめぐって主導権争いが始まる。そういう争いは単に勝者と敗者がはっきりするだけで、閉塞状態を長引かせ、何の成果も生まない。」として、以下のように述べています。
実は、あえて問題を広げることで答えが見つかることもある。
私が交渉の際に必ず使うシンプルな手がある。
一つの争点に絞り込まないことだ。
なぜなら、合意間近の他の項目がいくつかあったとしても、重要な争点が一つだけなら、どちらか一方しか勝者になれないからだ。
そうではなく、議論の幅を広げ、いくつかの争点を交渉の場に持ち出すのである。
譲り合いの精神を発揮し、歩み寄りを重ねれば、最終的に誰もが勝利を収められるシナリオを描くことも可能だ。
当社は、これまで政府や他社との間で難しい独禁法や知的財産権をめぐる争いをくぐり抜けてきたが、そこで威力を発揮したのが今挙げたような対応姿勢だったのだ。
ブラッド・スミス,キャロル・アン・ブラウン. TOOLs and WEAPONsテクノロジーの暴走を止めるのは誰か (Japanese Edition) (p.234). Kindle 版.
感想・口コミ・書評記事
感想
1990年台にマイクロソフトの独禁法をめぐる訴訟を経験した著者が、近年のテクノロジーに関わる課題をどのように考えているのかに興味を持ち、この本を読んでみました。
著者が随所で(予想していたよりも多く)、独禁法訴訟の経験から得た教訓を語っており、現在のマイクロソフトが成熟したバランス感覚を持った社会的な企業になっていることを初めて知り、マイクロソフト社に対する印象が変わりました。
1990年台当時マイクロソフトは、多くの企業や業界と同じように規制など百害あって一理なしと訴えていたが、いまでは、より積極的でバランス感覚ある姿勢で規制に向き合う方針を打ち出しており、プライバシー保護の連邦法制定を求め、顔認識技術の規制に関して具体策を政府に提案し、政府や公共部門への理解を促進しています。
マイクロソフトの過去の経験から得た教訓だけでなく、歴史から学ぶ教訓も語られていることも、この本の特徴です。
テクノロジーが大きく変わるとき、まったく新しい仕事が生まれるなど、思わぬ副産物が飛び出すことがあるとして、馬車から自動車に変わった時に、自動車分割ローン契約がまたたく間に全米のローン契約のうち半分を占めるまでになり、金融業界に新たな雇用を生み出すといった、誰も予測できなかった事例を紹介しています。
マイクロソフトの知財、法務、広報をリードしている著者の視点で、従業員・ユーザー・政府・地域・他国といったマイクロソフトのステークホルダーとどのように関わっているのか、何を課題として捉えているのか、どのように考えて行動しているのか、これから必要なことは何か、がわかる貴重な内容が書かれています。
口コミ
書評記事
【感想・ネタバレ】TOOLs and WEAPONs――テクノロジーの暴走を止めるのは誰かのレビュー - 漫画・無料試し読みなら、電子書籍ストア ブックライブ
参考文献
この本の参考文献に記載されている本や関連する本を紹介します。
ブリッツスケーリング 苦難を乗り越え、圧倒的な成果を出す武器を共有しよう:リード・ホフマンほか(著)
「第14章 アメリカと中国 |二極化するテクノロジーの世界」の中で引用されています。
この本の注目点や感想、目次などをブログ記事で紹介しています。
無人の兵団 AI、ロボット、自律型兵器と未来の戦争:ポール・シャーレ(著)
「第11章 AIと倫理 |現代の「ロボット工学三原則」」の中で引用されています。
AI世界秩序: 米中が支配する「雇用なき未来」:李 開復(著)
「第15章 オープンデータ革命 |すべての人々に平等な未来を」の中で引用されています。
スタートアップ・起業におすすめの本
まとめ
本の概要、注目点、感想・口コミ・書評記事、参考文献、を紹介しました。
テクノロジーがもたらす新しい不安(監視、治安、プライバシー、サイバーセキュリティ、民主主義、デジタルデバイド、倫理、AIなど)について、米国マイクロソフト社の知財・法務・広報を統括している筆者が、長年の経験と歴史を踏まえた教訓から、どのように考え、行動しているのか、今後どうすべきか、を解説している本です。
テクノロジー関連のスタートアップから大企業、政府、公共部門の担当者・マネージャー・経営者に一読をおすすめします。