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【注目点・感想】他者の靴を履く アナーキック・エンパシーのすすめ:ブレイディみかこ(著)

2022年5月30日

本「他者の靴を履くアナーキック・エンパシーのすすめ」アイキャッチ画像

この本は著者が「エンパシーとアナキズムは繋がっている」という仮説をもとに、「エンパシー」という言葉を哲学・社会学・事例を参照しながら掘り下げて思考していった過程を書き記した本です。

エンパシーとは何か、エンパシーの良い点・悪い点、現代社会の問題、エンパシーとアナキズムと民主主義の関係に関心がある人におすすめの本です。

本の概要注目点感想・口コミ・書評記事参考文献、について紹介します。

本の概要

書誌情報

ブレイディ みかこ(著)石田 嘉代(ナレーション)文藝春秋(出版社)2021/6/25(発売日)

著者紹介

著者のブレイディみかこさんは、1996年から英国ブライトン在住、ライター、コラムニスト。2017年、『子どもたちの階級闘争 ブロークン・ブリテンの無料託児所から』で新潮ドキュメント賞、19年『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』でYahoo!ニュース|本屋大賞2019年ノンフィクション本大賞、毎日出版文化賞特別賞などを受賞。(文春オンライン・プロフィールより引用)

著者が伝えたいこと

この本は著者が2019年に出版した「ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー」の一つの章に登場した「エンパシー」という言葉を掘り下げて思考した文章を書いた本である。

この思考の旅における最大の収穫は、「わたしがわたし自身を生きる」アナキズムと、「他者の靴を履く」エンパシーが、まるで昔からの親友であったかのようにごく自然に出会い、調和して、一つに溶け合う風景を目の前に立ち上げてくれたことである、と著者は述べている。

本の目次

この本の目次を引用して紹介します。

  • はじめに
  • 第1章 外して、広げる
  • 第2章 溶かして、変える
  • 第3章 経済にエンパシーを
  • 第4章 彼女にはエンパシーがなかった
  • 第5章 囚われず、手離さない
  • 第6章 それは深いのか、浅いのか
  • 第7章 煩わせ、繋がる
  • 第8章 速いシンパシー、遅いエンパシー
  • 第9章 人間を人間化せよ
  • 第10章 エンパシーを「闇落ち」させないために
  • 第11章 足元に緑色のブランケットを敷く
  • あとがき

もっとくわしく見たい場合は、本の目次(詳細版)が記事の最後にあります。

注目点

エンパシーとシンパシーの意味の違い

エンパシー(empathy)とシンパシー(sympathy)は言葉の響きが似ており、日本語になるとどちらも「共感」と訳される場合があり注意が必要である。

著者は、2つの言葉の意味の違いを以下のように説明している。

シンパシーとエンパシーの違い

  • シンパシー:かわいそうだと思う相手や共鳴する相手に対する心の動きや理解やそれに基づく行動
  • エンパシー:別にかわいそうだとも思わない相手や必ずしも同じ意見や考えを持っていない相手に対して、その人の立場だったら自分はどうだろうと想像してみる知的作業

エンパシーにはいくつかの種類があることが心理学では定説になっている、と著者は述べている。

エンパシーの種類

  • コグニティブ・エンパシー:認知的エンパシー。その人物がどう感じているかを含んだ他者の考えについて、より全面的で正確な知識を持つこと。
  • エモーショナル・エンパシー:感情的エンパシー。他者と同じ感情を感じること。他者の苦境へのリアクションとして個人が感じる苦悩。他者に対する慈悲の感情。
  • ソマティック・エンパシー:他者の痛みや苦しみを想像することによって自分もフィジカルにそれを感じてしまうというもの。
  • コンパッショネイト・エンパシー:他者が考えていることを想像・理解することや、他者の感情を自分も感じるといったエンパシーで完結せず、それが何らかのアクション(行為・行動)を引き起こすこと。

ポール・ブルームが「反共感論 社会はいかに判断を誤るか」(著)高橋洋(翻訳)白揚社(出版社)の中で、エモーショナル・エンパシーとコグニティブ・エンパシーの違いに触れ、より危険なものは「エモーショナル・エンパシー」であり、エモーショナルに他者に入り込むと状況の判断が理性的にできなくなるので危険である、とすべてのエンパシーが「善」ではないという主張を著者は紹介している。

エンパシー搾取と自己の喪失

「第10章 エンパシーを『闇落ち』させないために」の中で、2019年に出版された「The Dark Side of Empathy」の著者、フリッツ・ブライトハウプトが、エンパシーを使う当事者が被る損害について警笛を鳴らしており、エンパシーはその能力を用いる人の「自己の喪失」に繋がる、と主張していることを紹介している。

ニーチェの論では、エンパシーに長けた人々は空疎な「道具」や相手を映すだけの受動的な「鏡」になって自己喪失する。それだけに、そういう個人が強烈な自我を持つ他者と出くわすと、まるでエンパシーの対象が自己になったかのような感情移入をし、自分を明け渡してしまうことがあるとブライトハウプトは指摘している。究極の「推し」ができる状態だろう。

ブレイディみかこ(著)他者の靴を履く アナーキック・エンパシーのすすめ:第10章 エンパシーを「闇落ち」させないために

メイドや清掃人、料理人などケア労働する人々が雇用主(ケアの対象)の気持ちを推し量ろうとしたり、ヘルプデスク、秘書、受付、企業の営業担当者、介護士、看護士、保育士、教員など自分の業務のために常に感情を管理することが求められる仕事である「感情労働」の問題を挙げている。

そして、「下」の人間が「上」に立つ人々のことを考え、知るようになると同情の念を抱き始めるので、相手にひどいことをされても、その背景にある事情を考えてしまい我慢してしまうということが起きる、と述べている。

エンパシーとアナーキーはセットで

エンパシー搾取が行われると、エンパシー体質の人々は権威に支配され続け、権力に反旗を翻そうとする人々を「わがまま」と言って糾弾することにさえなり、エンパシーに満ちた社会はたいそう抑圧的な場所になってしまう、逆に、わがままで自分勝手な人の多い社会の方が自由で開放的な場所にされ映って来る、と著者は述べて、この本の冒頭の「アナーキーとエンパシーは繋がっている気がする」という主観的な直感に対する答えを結論づけている。

実は繋がっているというより、繋げなくてはならないものではないか。アナーキー(あらゆる支配への拒否)という軸をしっかりぶち込まなければ、エンパシーは知らぬ間に毒性のあるものに変わってしまうかもしれないからだ。両者はセットでなければ、エンパシーそれだけでは闇落ちする可能性があるのだ。

ブレイディみかこ(著)他者の靴を履く アナーキック・エンパシーのすすめ:第10章 エンパシーを「闇落ち」させないために

エンパシーは民主主義の根幹

著者は、エンパシーを育てるプログラム「ルーツ・オブ・エンパシー(ROE)」を紹介しています。

「ROEは、カナダの教育者で社会起業家のメアリー・ゴードンが1996年にトロントで創始して以降、世界中に広がり、英国にも授業に取り入れている学校がある。」

「ROEは『赤ちゃんからエンパシーを教わる』プログラムとして有名で、子どもたちは赤ん坊と交流し、赤ん坊の反応や感情表現、そして実際の成長を見るということを体験することによってエンパシーを育てることができる。」

「ROEの授業では、すべての子どもたちが赤ん坊やその親、インストラクター、そして他の生徒たちと関わります。このプログラム全体が他者と関わるためのものなのです。」

そして「ルーツ・オブ・エンパシーでは緑色のブランケットの周囲に子どもたちが集まって座り、エンパシーという人間の大きな課題の一つを話し合い、自分たちの頭で考えようとしている。子どもたちには試してみる権利があるのだということを、大人たちは心から信じなければならない。」と著者は述べて、エンパシーは民主主義の根幹であることを説明しています。

民主主義(すなわち、アナキズム)が実践されている空間では、どのような場所でもエンパシーを容易に育むことができるという事実を示している。そしてまた、他者の立場や感情を慮るエンパシーがなければ、異なる者たちが共生している「あいだの空間」で民主主義(すなわち、アナキズム)を立ち上げることは不可能なのだ。民主主義とアナキズムとエンパシーは密接な関係で繋がれている。というか、それらは一つのものだと言ってもいい。

ブレイディみかこ(著)他者の靴を履く アナーキック・エンパシーのすすめ:第11章 足元に緑色のブランケットを敷く

感想・口コミ・書評記事

感想

この本は著者が「エンパシーとアナキズムは繋がっている」という仮説をもとに、「エンパシー」という言葉を掘り下げて思考していった過程を文章として書いた本である。

  • 第1章では、エンパシーの定義、ミラーニューロン、金子文子
  • 第2章では、プリズン・サークル、感識(エモーショナル・リテラシー)、ドラマツルギー
  • 第3章では、エンパシー・エコノミー、ブルシット・ジョブ、負債論
  • 第4章では、マーガレット・サッチャー、プチ・ブルジョアジー
  • 第5章では、女性指導者、境界性パーソナリティ障害
  • 第6章では、サイコパス、ソシオパス、エンパス、災害ユートピア
  • 第7章では、新型コロナ、罪悪感、迷惑をかける
  • 第8章では、おば文化、シンパシー、ルッキズム
  • 第9章では、世代間の分断、エリート
  • 第10章では、反共感論、エンパシー搾取、ケア階級、感情労働、ストックホルム症候群、エンパシー的サディズム、バンパイア的エンパシー、エゴイスト、個人主義
  • 第11章では、サマーヒル・スクール、シュティルナー教育、ルーツ・オブ・エンパシー、参加型民主主義

といった実に多くの言葉や概念、英国・日本の事例が紹介・引用されて文章が展開されており、この本を読むのはとても大変で何度も読み返したが、現代社会が抱えている課題やそれに対する哲学者や科学者の考え方が詰まっておりとても勉強になった。

特に衝撃的だったのは、「エンパシー搾取と自己の喪失」の話だった。

社会や人間関係を良くするためにはエンパシー能力を高めなければいけない、ということだけが意識されると、自己主張が強くてエンパシー能力が低い人や組織に依存することになったり、自分の主張が言えないようになる恐れがあることが分かり、注意が必要だ。

著者もインタビューで語っているように、まず自分の靴を意識して、自分の靴で歩いてみる、そのうえでエンパシーを育てて自分の視野を広げて、他者と共存する落としどころを探って歩いていく、という考え方をすると良いようだ。

この本は、落合渉悟(著)「僕たちはメタ国家で暮らすことに決めた」(ブログ記事)の参考文献に載っていたので読んだ本だ。

「他者の靴を履く」を読む前は、なぜこの本が参考文献なのか分からなかったが、アナーキック・エンパシーの能力を高め、実践するツールとして、「僕たちはメタ国家で暮らすことに決めた」で提案している直接民主主義を実現するスマホアプリ「Alga」は重要な役割を果たすことになりそうだ。

オードリー・タン(著)「オードリー・タン デジタルとAIの未来を語る」のことを思い出した。

オードリー・タンが実践している「デジタル民主主義の考え方」の中に「話を傾聴して共通の価値観や解決策を見出していく」「みんなのことをみんなで助け合う精神で社会を変革する」という言葉があり、アナーキック・エンパシーを実践しているのだと感じた。

ブレイディ みかこ(著)石田 嘉代(ナレーション)文藝春秋(出版社)2021/6/25(発売日)

口コミ

「他者の靴を履く アナーキック・エンパシーのすすめ」を読んだ人たちのTwitterツイートを紹介します。

書評記事

書籍ご紹介:『他者の靴を履く アナーキック・エンパシーのすすめ』 - 教育ICTリサーチ ブログ

  • エンパシーの良い面と悪い面と
  • イギリスのオンライン授業でのおもしろそうなネタ

エンパシーの本当の意味と正しい使い方【他者の靴を履く】 | シンプリィライフ

  • エンパシーの意味
  • 取扱注意!エンパシーの毒性
  • アナーキック・エンパシー

参考文献

著者の情報

著者インタビュー記事

ブレイディ みかこさんに聞く “他者の靴を履く”ことの意味 - クローズアップ現代 - NHK

  • 『他者の靴を履く』ことの大切さと日本人女性にかけられた呪い
  • エンパシーを育むには?

『ロミオとジュリエット』のロミオになりきって手紙を… ブレイディみかこがたどり着いた「他者の靴を履く」方法 | 文春オンライン

  • エンパシーが万能薬だと思われるのはちょっとマズい
  • 「まあ受け入れられるよね」という方法を見つけてゆく
  • 同質性を強要する社会が日本人を縛り付けている
  • エンパシーを学ぶさまざまなアプローチ
  • 「学校に来たくなかったら来なくていい」というスタンス
  • 自分の思っていることを言える環境が何より大切

あなたは「自分の靴」を履けていますか? ブレイディみかこと考える、しなやかでやさしい「アナキズム」。 | Vogue Japan

  • エンパシーとは「想像力」。
  • ”自分が主語”の話をしよう。
  • 「他者の靴を履く」前に。
  • 曖昧さを許すエゴイストであれ。

関連リンク集

映画『プリズン・サークル』公式ホームページ

映画『金子文子と朴烈(パクヨル)』公式サイト

世界一自由なサマーヒルスクールとは?元祖フリースクールの特徴を解説│How Kids

ルーツ・オブ・エンパシー(Roots of Empathy)公式サイト

ルーツ・オブ・エンパシー創始者メリー・ゴードン講演紹介記事

ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー:ブレイディみかこ(著)

書籍

反共感論―社会はいかに判断を誤るか:ポール・ブルーム(著)

ポール・ブルーム(著)高橋 洋(翻訳)白揚社(出版社)2018/2/2(発売日)318P(ページ数)

ブルシット・ジョブ――クソどうでもいい仕事の理論:デヴィット・グレーバー(著)

デヴィット・グレーバー(著)酒井 隆史, 芳賀 達彦, 森田 和樹(翻訳)菅沢 公平(ナレーター)岩波書店(出版社)2020/7/30(発売日)

災害ユートピア:レベッカ・ソルニット(著)

レベッカ・ソルニット(著)高月 園子(翻訳)亜紀書房(出版社)2020/9/18(発売日)

実践 日々のアナキズム――世界に抗う土着の秩序の作り方:ジェームズ・C.スコット(著)

ジェームズ・C.スコット(著)清水 展, 日下 渉, 中溝 和弥(翻訳)岩波書店(出版社)2017/9/29(発売日)

僕たちはメタ国家で暮らすことに決めた:落合 渉悟(著)

この本「他者の靴を履く アナーキック・エンパシーのすすめ」を参考文献にあげています。ブログ記事参照。

落合 渉悟(著)フォレスト出版(出版社)2022/5/21(発売日)272P(ページ数)

まとめ

本の概要注目点感想・口コミ・書評記事参考文献、について紹介しました。

この本は著者が「エンパシーとアナキズムは繋がっている」という仮説をもとに、「エンパシー」という言葉を哲学・社会学・事例を参照しながら掘り下げて思考していった過程を書き記した本です。

エンパシーとは何か、エンパシーの良い点・悪い点、現代社会の問題、エンパシーとアナキズムと民主主義の関係に関心がある人におすすめの本です。

ブレイディ みかこ(著)石田 嘉代(ナレーション)文藝春秋(出版社)2021/6/25(発売日)

本の目次(詳細版)

この本の目次をくわしく引用して紹介します。

  • はじめに
  • 第1章 外して、広げる
    • エンパシーの日本語訳は「共感」でいいのか
    • エンパシーの種類と歴史
    • 「エンパシーはダメ」論と「エンパシーだいじ」論
    • ミラーニューロンの話
    • エンパシーの達人、金子文子
  • 第2章 溶かして、変える
    • 言葉はそれを溶かす
    • 感情の読み書き
    • 「I」という主語の獲得
    • エンパシーとドラマツルギー、そしてSNS
    • 帰属性も「本当の自分」も人を縛る
  • 第3章 経済にエンパシーを
    • エンパシー・エコノミー
    • 利他的になれば利己的になる
    • バラモン左翼に「エンパシー的正確さ」はあるか
    • ブルシット・ジョブとケア階級
    • いまこそジュビリーの思考法を
  • 第4章 彼女にはエンパシーがなかった
    • サッチャーを再考する
    • 自助の美しさを信じる頑迷さ
    • 自助と自立の違い
    • プチ・ブルジョアジーの経済貢献
  • 第5章 囚われず、手離さない
    • 女性指導者とエンパシー
    • エンパシーに長けた脳がある?
    • トップダウンかボトムアップか
    • 自分を手離さない
  • 第6章 それは深いのか、浅いのか
    • ネーチャーorナーチャー
    • エンパシーにも先天性と後天性?
    • 『災害ユートピア』が提示する深みの問題
    • ソルニットがクラインに向けた批判
    • トレランスとエンパシー
  • 第7章 煩わせ、繋がる
    • コロナ禍における網目の法則
    • フェビアンの理想、左派の党派性
    • 「シンパ」のオリジンはシンパシー
    • guilt(罪悪感)とエンパシー
    • 迷惑をかける
  • 第8章 速いシンパシー、遅いエンパシー
    • おばさん問題
    • 「おじ文化」に対する「おば文化」
    • 承認欲求の向かう先
    • シンパシーは待てない
    • ルッキズムとシンパシー
  • 第9章 人間を人間化せよ
    • 不況時は年寄りから職場を去れ、とな?
    • 相互扶助もアナキズム
    • 愛のデフレ
    • 『破局』とブルシット・ソサエティー
    • エリートとエンパシー
  • 第10章 エンパシーを「闇落ち」させないために
    • ニーチェがエンパシーを批判していた?
    • エンパシー搾取と自己の喪失
    • エンパシーが抑圧的社会を作る?
    • エンパシーとアナーキーはセットで
    • エンパシーの毒性あれこれ
    • いいものでも悪いものでもない、という理解
    • ここではない世界の存在を信じる力
    • わたしがわたし自身を生きるための力
    • 個人は心臓、社会は肺
  • 第11章 足元に緑色のブランケットを敷く
    • 二つのフリースクール
    • 民主主義的な教育の実践
    • アナキズムはネグレクトしない
    • エンパシーを育てる授業
    • エンパシーは民主主義の根幹
    • Democracy begins at home.
  • あとがき

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