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【注目点・感想】Anthro Vision(アンソロ・ビジョン)人類学的思考で視るビジネスと世界:ジリアン・テット(著)

2022年2月6日

本「アンソロ・ビジョン」アイキャッチ画像

この本は著者が30年間つちかった「人類学(anthropology, アンソロポロジー)」の貴重な知識を一般の人に伝えることを最大の目的とした本です。

あらかじめ人類学について知識がない人でも読める内容になっています。

「困難な時代には、視野を広げることの必要性を忘れがちだ。」

「視野が狭いのは危ない。必要なのは広がりのある視野であり、それこそ人類学が与えてくれるものだ。」

「これを『アンソロ・ビジョン(人類学的視点)』と呼ぼう。」

「人類学的思考は、アマゾンのジャングルだけでなく、アマゾンの倉庫で起きていることを理解するにも有効なのだ。」

と、著者は本書タイトルを命名した理由を述べています。

原著が発売されたのが2021/6/8なので、約半年で翻訳の本書が発売されて読めるのはうれしい点です。

本の概要

書籍情報

日本語版

ジリアン・テット(著)土方奈美(翻訳)日本経済新聞出版(出版社)2022/1/26(発売日)

原著(英語版)

Gillian Tett(著)Random House Business Books(出版社)2021/6/8(発売日)

著者紹介

著者のジリアン・テット(Gillian Tett)は、ケンブリッジ大学にて博士号(社会人類学)を取得し、フィナンシャルタイムズ紙(FT)入社後、東京支局長もつとめ、現在はFT米国版編集委員会委員長です。

本書では著者の経験だけでなく世界中の人類学者が企業や社会の課題に取り組んだ経験が紹介されており、あなたに身近な話題もきっとあるはずです。

それでは、私が本書を読んだ感想と、アンソロ・ビジョン(人類学的視点)の考え方、企業・政府・メディアなどが陥ってしまう考え方、社会的沈黙に耳を澄ますアンソロ・ビジョンの事例について本書から抜粋・引用して紹介します。

感想

第1章で、著者が約30年前(1990年)に当時ソビエト連邦タジキスタンに約1年間、研究で滞在したエピソードを交えながら「人類学とは何か」を述べているので、人類学研究の実際がどのようなものであるか、人類学的視点の重要なこと、タジキスタンの当時の状況を学ぶことができて、とても興味深く読みました。

第2章から第10章までは、古くは1997年のゼネラル・モーターズ(GM)から新しくは2020年のウォール街の金融業界まで、さまざまな企業や社会で起きた問題に対して、企業の考え方とアンソロ・ビジョン(人類学視点)の違いが語られていて、予想通りだったり予想外だったりして物語を楽しみながら読みました。

本書を最後まで読み終えて振り返ってみると、第1章が最も予想できないストーリーの連続だったので一番面白かったです。

大きな出来事である2008年の金融危機、2016年のアメリカ大統領選挙に関して、著者がメディアの当事者として関わったエピソードを交えた物語は著者の苦難や後悔も語られていて、出来事の裏側を知ることができて興味深かったです。

注目点

アンソロ・ビジョン(人類学的視点)の考え方

アンソロ・ビジョン(人類学的視点)の考え方について、第1章の中から抜粋・引用して紹介します。

「人類学のアプローチは、出発点はやはり観察だが、何が重要か、何がふつうか、トピックをどのように分類すべきかをあらかじめ明確に決めず、子供のような好奇心をもって対象に耳を傾け、学ぼうとする。」

「人類学で重要なのは、解釈とセンスメイキング(意味づけ)だ。大抵はミクロのレベルで観察し、そこから大きな結論を導き出そうともする。」

「人類学で何より重要なのは、予想外の事象に対してオープンであること、視野を広くすること、そして自らの認識を問い直す姿勢を身につけることだ。」

「彼らの世界をはっきり見るには、アウトサイダーであると同時にインサイダーである必要がある。」

「人間は自分の文化を当然のものと思い込む傾向があるが、それは間違いである。文化的バリエーションの幅はきわめて大きく、自分たちのやり方がふつう、あるいは常に優れていると考えるのは愚かなことだ。」

「徹底的に地域に密着し、縦横斜めからある状況を立体的に探求し、自由回答形式の質問を投げかけ、人々が語っていない事柄に思いを巡らすことが大きな恩恵をもたらす。他者の世界を『身体化』し、思いを共有することに意義がある。」

私はこの中では特に「人々が語っていない事柄に思いを巡らす」ということが難しいと思いましたが重要と感じて印象に残りました。

あなたは印象に残った言葉はありましたか?

企業・政府・メディアなどが陥ってしまう考え方

本書を通じて、企業・政府・メディアなどが陥ってしまう考え方について、抜粋・引用して紹介します。

「欧米の企業社会あるいはハイテク産業のアキレス腱のひとつは、そこで働く技術者や経営者が世界中の誰もが自分たちと同じようにモノを考える(べきだ)と思い込む傾向があることだ。自分たちから見て奇妙な人々の行動はないことにしたり、無視したり、バカにしたりしてきた。」

「パンデミック抑止策がこれほどうまく行かない最大の理由は、欧米の医学『専門家』が現地の人々の視点に立たず、ひたすら自分たちの先入観を通して現実を見ているからだ。」

「集団の外部からもたらされるリスクを過大評価する一方、内部のリスクは過小評価しがちになる。」

「デリバティブ業界のテーマは一般的な”良いストーリー”の定義に当てはまらなかったため、ほとんどの新聞には深掘りするインセンティブがなかった。意図的な隠蔽や活動を隠そうとする卑劣な行為の結果ではなく、これが、目の前で起こりつつあった問題が見過ごされ、金融がコントロール不能になった最大の理由だった。」

「同じ言語を話す、あるいは同じ国籍である者同士のコミュニケーションほどリスクが高いとも言える。それは誰も自分の抱いている前提、あるいは相手が同じ前提を共有しているかどうかを意識したり、考えたりしないからだ。」

私はこの中では特に「同じ言語を話す、あるいは同じ国籍である者同士のコミュニケーションほどリスクが高い」ということ意外であり印象に残りました。

あなた、またはあなたの周りで似たような考え方をしていることはありましたか?

社会的沈黙に耳を澄ますアンソロ・ビジョンの事例

本書で紹介されている事例の中から、社会的沈黙に耳を澄ますアンソロ・ビジョンの事例を抜粋・引用して紹介します。

人類学者ダナ・ボイドによる「ティーンエイジャーと携帯電話の関係」についてです。

一般的には「ハイテク企業のエンジニアが意図的に説得のテクニックを使い、主に子供やティーンエイジャーを対象とするゲームやアプリの中毒性を可能な限り高めている。」とされたり、保護者の管理監督が不十分であるされる傾向にありますが、社会的沈黙に耳を澄ますとどのような事実がわかるのでしょうか?

人類学者ダナ・ボイドは何年もアメリカ中を移動しながら、ティーンエイジャーの携帯電話の使い方についてエスのグラフィーの手法を使って研究したところところ、時間と空間に対する意識には驚くべき特徴があることに気づきました。

フロリダ、カンザス、テキサス、シアトルで暮らす少年少女からは、「たいていはママが私の予定を立てる」「私が誘拐されると思い込んでる」「ママがあまり家から出してくれないから、電話で誰かと話したりメッセージをやりとりするくらいしかすることがない」という話を聞きました。

両親からは「私たちは恐怖社会で暮らしている。親としては子供を守るため、目の届かないところに娘を行かせない」「娘の息が詰まらないように、たくさんの予定を入れている」と聞きました。

「親もティーンエイジャーもこのような厳格な管理を当たり前だと思っていて、ボイドが尋ねないかぎり言及もしなかった。」

さらに、「今はショッピングモールや公園、街角の公共スペースで、ティーンエイジャーが大人数で集まることができない」ことが分かります。

「ティーンエイジャーにとって冒険し、歩き回り、大勢の友人知人と集まれる場所、つまりいつの時代もティーンエイジャーが楽しんできたことを自由にできる場はサイバー空間しかなくなってきているのです。」

「ここから学ぶべきは保護者や政策当局者がティーンの携帯中毒の原因を理解したいのなら、物理的制約を理解する必要がある、ということだ。」

「ティーンエイジャーが外で集まって遊ぶことができないから、携帯電話で友達とコミュニケーションしたりゲームをしている」という事実は初めて知りました。この状況で携帯電話の使用を抑制すると表向きには使用時間が減っても、別の問題を引き起こすかもしれないということを理解しておくべきですね。

参考文献

サイロ・エフェクト 高度専門化社会の罠:ジリアン・テット(著)

著者の前著は、企業や自治体といった組織の「サイロ化」日本語だと「タコツボ化」という罠について、文化人類学者の視点でその利点の活用と弊害を軽減する方法を論考していて面白そうです。

ジリアン・テット(著)土方 奈美(翻訳)文藝春秋(出版社)2019/5/9(発売日)

土方奈美さんの翻訳秘話

翻訳者である土方奈美さんが、音声プラットフォーム「voicy(ボイシー)」で全3回に渡ってこの本について解説しています。

著者(ジリアン・テット)に会った時の裏話や、翻訳で苦労したフレーズなどが聞けて興味深いです。

この本を知ったきっかけ

この本はSpotifyのポッドキャスト「a scope 〜リベラルアーツで世界を視る目が変わる〜」で文化人類学者がゲストの回を聞いて知ったのがきっかけです。

人類学がどのようなものかを知りたい人は聴いてみてください。

まとめ

私がこの本を読んだ感想と、アンソロ・ビジョン(人類学的視点)の考え方、企業・政府・メディアなどが陥ってしまう考え方、社会的沈黙に耳をすますアンソロ・ビジョンの事例について本書から抜粋・引用して紹介しました。

著者は「結び」の中でこう述べています。

「困難な時代には、視野を広げることの必要性を忘れがちだ。ロックダウンやパンデミックによって、私たちは(物理的に)安全な内集団に引きこもらざるを得なくなり、内向きになりやすくなっている。景気後退期も同じだ。だがそんなときこそ視野を狭めるのではなく、広げなければならない。パンデミックの最中やその後には、それがどれだけ直感に反する行為だとしても。」

視野を広げて、自分や自分の周り、そして他者に対して「人々が語っていない事柄に思いを巡らす」ことが重要だと気づかされました。

ジリアン・テット(著)土方奈美(翻訳)日本経済新聞出版(出版社)2022/1/26(発売日)